プロフィール
ジュエリー、アクセサリー作家chiguと申します。 詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。↓
作品のご購入はこちらから
記事のカテゴリー
最近のコメント
最近の記事
過去の記事
ブログ ヘッダー最新1000px.jpg

アクセサリー作家chigu&白チワワのナナのアトリエ日記

アクセサリー作家chiguのブログです。
アトリエで起こるゆったりエピソードを、chiguとちっちゃなチワワたちがお届けします。
<< 新しい日 | main | こちらは飾る用で・・・ >>
ワードローブの落着き先

こんにちは〜、ハンドメイドジュエリー・小物を作っているchiguです。

 

このアトリエ日記に時々登場する、日常でのファッションの話題。

あるときはクローゼットをがっちり整理し、いろいろなものを処分したとき。

あるときはライフスタイルの変化にファッションも気持ちもついていかず、混迷のとき。

あるときはその混迷のなかで、頼りのアイテムがあるんだと気付いたとき。

そんな節目節目で話題にしてきたと思います。

 

今回は、先日本屋さんに行ってきた、今の感想。

本屋さんのある棚の前で、かなりびっくりしたんです。

「こんなに、あれ着ると良い、ワードローブはこうすると良い、って本、たくさん出てたっけ?!」って。

数年前もそんな話題を書いたけれど、さらにここ数年で増えていたんですね。その数にわ〜、って思いました。

スタイリストさんやら、ブロガーさんやら、インスタグラムの人気者さんなどなど。

 

こういう本につい頼りたくなる気持ち、よく分かります。私もそうしたい時もたくさんあったから。

 

外で働いていたときは、ファッションはシンプルなものでした。

どんなシーンでどんな人と会い、何をしなくてはならないかという明確な柱がありましたから、

それを助けてくれる装いがいちばん。

好き放題で良い、と言われた職場のときは、本当に好き放題、金髪でアロハとか。

転職してそうでなくなったときは、潔く役割をきっちり果たせる「同僚からもクライエントからも信頼を得る制服的なもの」。

信頼を得るためのカチッとした”制服的なもの”、キマっていて好きだったけれど、

本来の自分とはちがうことをしているからこその、いわばコスプレのように好きだっただけ。

社会とのかかわりが変わってから、そういう「コスプレ」場面が減って、急にどうしたら良いか分からなくなってしまって。

だから誰かの何かの教えやアイディアに頼りたいときもありました。

 

で、そういった”指南書”を手にとってみれば、本当にいろいろな説がありました。

体型別、肌の色、骨格、プチプラ、着回し、パリジェンヌ、etc.etc...

 

でも今はよく分かっているんです。

私のような頑固者は、人から言われてはい、そうですか、とそれを着たりはしないということが。

と言いますか、頑固者かどうかはさておき、大半の人がそういう結論に至るのではないでしょうか。

若い子であれば、雑誌に「合コンでうまくいくファッション」の提案があったとしても、

自分らしくないそれこそコスプレ状態を気に入ってもらえても、その先どうするのか、ということにいつか気づくでしょう。

大人になれば「これがエレガンス」「これが大人の女性」「これがナチュラル」と写真やイラストがあったとしても

年齢はもちろんのこと、性別ですら、バックグラウンドに支えられた個性に比べればまったく大した問題ではない、

だからコピーしても仕方ない、

だから一人の人としてこうして迷っているんじゃないか、ということに気づかされてしまいます。

 

著者という人はファッションについて見識はあるかも知れないけれど、私ではないし、あなたではないし。

私と会ったこともない人が、私に似合う、私が安心したりワクワクできる服なんて知るわけないですよね。

いくら「小さいさんはこれ」「大きいさんはこれ」「肩幅が広い、狭い・・・」なんて分類しても

ただ小さいだけ、大きいだけの人なんていないですし、ただ日本人だ、ただパリジェンヌだという人もいないですしねえ・・・。

 

自分のことは自分と話し合って決めてあげなくちゃ、結局は満足できない、安心できない。

自分は何かの分類に当てはまったりはしない。そんなに単純じゃない。

ファッション誌の提案や数々の本は時にヒントを与えてくれるかも知れないけれど、

それが自分と本当に関係のあることなのか、よく考えないと、ちょっと疲れてしまいますよね。

 

さて、今の私ですが、「しっくり来るかどうか」に落ち着いています。

数年前に誓った、家にいてもオシャレじゃなきゃ、とか、エレガントじゃなきゃ、ちゃんとしてなきゃ、というのはやめました。

ワクワクしていたい、その服でときめいているのが良い、というのも。

年齢を経て、個性的でいたいと気張るのもなんだか違うな〜って感じになりました。

そんなに頑張らなくても、

「しっくり来るかどうか」に寄り添えば、けっこう自然に、自分はこれなんだな、という恰好が出来ます。

なんというか、リラックス出来ます。ええっと、身体が楽ちん、ではなくて、気分がね。気負いもせず、おどおどもせず。

”しっくり基準”でいくと、突然「なんかこれが今はしっくりくる!」という新しい出会いもちゃんとあって、

そういうときはワクワクもできます。

もともと人はそれぞれなんだから、そんなに個性個性と気張らなくても、私は私。

今日の私がしっくり来るものを身に着ければ、それが今日の私。

仕事で人と会うときも、それが今日の自分にしっくり来るのかを自分に訊けば、

おのずとふさわしい、それでいて無理のない装いが整っているのだろうと思っています。

 

他人から見たらどうか、は、そうたいした問題ではないのであろうと思います。

案外他人というものは、そんなに人の服装をじろじろと観察してその人を判断したりはしない。

実際たくさんの素敵な人との出会いがあったけれど、どんな服着ていたか、う〜ん、覚えていないですものねえ。

そりゃたまに、「今日のあの人のあのパンツカッコ良かったな」とかありますけどね、

じゃあ、パンツでその人が格上げかって言ったら、そんなことないですものね。

どう素敵かって、ほんと、人それぞれだから。

 

印象は大事だけれど、それはファッションだけが作り上げるものではないから、

たとえば仕事の大事なシーンで急にばたばたと取り繕うよりは、

自分の持つ雰囲気や力を信じてしっくりくる装いをして、そして誠実で思いやりのある態度をとった方がてっとり早いと思います。

 

なんて他人に言われたら、それがいちばん難しいんじゃ!と私、言ってしまいそうですけど。

だから、日々、自分を大切にしたら良いのだろうと思うんですけれど。

そして、タイトルに落ち着き先、と書いたとしても、自分のなかの変化に柔軟に寄り添っていたいとも思うんですけれど。

| chigu | 日々のこと | 18:14 | 昨年の記事 | comments(0) |
関連している記事









http://j-tirnanog.jugem.jp/trackback/1765